2011年03月14日
命のお祝いをしましょう!
戦後、沖縄の人々は、戦争で受けた心の傷を癒(いや)す間もなく、その日その日を何とか生き延びることで精一杯でした。軍の作業に駆り出され、食料と物資を手に入れることに追われて、疲れきり、毎日希望を失ったまま暮らしていました。
そこに突然現れた風変わりな男、それが小那覇舞天(おなはぶーてん)でした。
舞天は、弟子の照屋林助(てるやりんすけ)と毎晩のように、まだ起きている家を見つけては甲高(かんだか)い声で「ヌチヌスージサビラ(命のお祝いをしましょう)」といって入っていきます。「ジャカジャカジャン」と三味線が鳴り響き、歌が始まります。
突然やって来た中年の男が、その場でつくった歌を民謡(みんよう)の節に乗せ、この地方独特の踊りである琉球舞踊(りゅうきゅうぶよう)をくずしたヘンテコな踊りを舞うのですから、みんなはあ然とします。
しかし、やがて舞天のユーモラスな姿に乗せられ、みんなも一緒に踊り出しました。
舞天がある屋敷を訪問したとき、家のなかに位牌(いはい)があり、家主(やぬし)は涙を流していました。
家主は舞天にいいました。
「どうしてこんな悲しいときに歌うことができるの? 多くの人が戦争で家族を失ったのに! 戦争が終わってからまだ何日も経っていないのに、位牌の前でどうしてお祝いをしようというのですか?」すると舞天は答えました。
「あなたはまだ不幸な顔をして、死んだ人たちの年を数えて泣き明かしているのか。生き残った者が生き残った命のお祝いをして元気を取り戻さないと、亡くなった人たちも浮かばれないし、沖縄も復興(ふっこう)できないのではないか。さあ遊ぼうじゃないか」彼の言葉に家主の表情が変わりました。
人々の心を明るく照らしたブーテンの芸
舞天とともに民家をたずね歩いた照屋林助は、後にこう語っています。
「小那覇舞天は私にとっては先生です。先生は、夜になると『林助、遊びに行こう』と私を誘いに来ます。水筒に入った自家製の酒をチビリチビリ飲みながら家々を回ります。まだ起きている家を見つけると『スージサビラ(お祝いをしましょう)』といって入っていくのです。
当時は、一軒の家に一〇〇人くらいが詰め込まれて生活している状態でしたから、すぐに人の輪ができて笑いのうずが巻き起こりました。先生のつくり出す笑いは、希望を失った人々にとってどんなに救いになったか、計り知れないと思います。
先生、すなわち小那覇舞天という人は、自分が有名になるとか、偉くなるとかいうことにはまったく興味を持たない、ただ、どうしたら人を楽しませることができるのか? ということばかり考えている人でした。人を喜ばせる、人に喜んでもらうことが自分にとっての一番の喜びだったのです。
それは、笑いというものが、どんなときでも人の心をなごませ、勇気づけるものだからではないでしょうか」(「てるりん自伝」より)
被災地のみなさん、どうか希望を捨てず何とか頑張ってください。
皆さんに一刻も早く、笑顔が戻りますように。
そこに突然現れた風変わりな男、それが小那覇舞天(おなはぶーてん)でした。
舞天は、弟子の照屋林助(てるやりんすけ)と毎晩のように、まだ起きている家を見つけては甲高(かんだか)い声で「ヌチヌスージサビラ(命のお祝いをしましょう)」といって入っていきます。「ジャカジャカジャン」と三味線が鳴り響き、歌が始まります。
突然やって来た中年の男が、その場でつくった歌を民謡(みんよう)の節に乗せ、この地方独特の踊りである琉球舞踊(りゅうきゅうぶよう)をくずしたヘンテコな踊りを舞うのですから、みんなはあ然とします。
しかし、やがて舞天のユーモラスな姿に乗せられ、みんなも一緒に踊り出しました。
舞天がある屋敷を訪問したとき、家のなかに位牌(いはい)があり、家主(やぬし)は涙を流していました。
家主は舞天にいいました。
「どうしてこんな悲しいときに歌うことができるの? 多くの人が戦争で家族を失ったのに! 戦争が終わってからまだ何日も経っていないのに、位牌の前でどうしてお祝いをしようというのですか?」すると舞天は答えました。
「あなたはまだ不幸な顔をして、死んだ人たちの年を数えて泣き明かしているのか。生き残った者が生き残った命のお祝いをして元気を取り戻さないと、亡くなった人たちも浮かばれないし、沖縄も復興(ふっこう)できないのではないか。さあ遊ぼうじゃないか」彼の言葉に家主の表情が変わりました。
人々の心を明るく照らしたブーテンの芸
舞天とともに民家をたずね歩いた照屋林助は、後にこう語っています。
「小那覇舞天は私にとっては先生です。先生は、夜になると『林助、遊びに行こう』と私を誘いに来ます。水筒に入った自家製の酒をチビリチビリ飲みながら家々を回ります。まだ起きている家を見つけると『スージサビラ(お祝いをしましょう)』といって入っていくのです。
当時は、一軒の家に一〇〇人くらいが詰め込まれて生活している状態でしたから、すぐに人の輪ができて笑いのうずが巻き起こりました。先生のつくり出す笑いは、希望を失った人々にとってどんなに救いになったか、計り知れないと思います。
先生、すなわち小那覇舞天という人は、自分が有名になるとか、偉くなるとかいうことにはまったく興味を持たない、ただ、どうしたら人を楽しませることができるのか? ということばかり考えている人でした。人を喜ばせる、人に喜んでもらうことが自分にとっての一番の喜びだったのです。
それは、笑いというものが、どんなときでも人の心をなごませ、勇気づけるものだからではないでしょうか」(「てるりん自伝」より)
被災地のみなさん、どうか希望を捨てず何とか頑張ってください。
皆さんに一刻も早く、笑顔が戻りますように。
Posted by shoichi at 14:58│Comments(6)
この記事へのコメント
エンターテイメントやユーモアが、
どれだけ多くの人の心を救い、
復興へのパワーと成り得るのか・・・
こんな時だから自粛でなく、
今こそ必要なものだと思います。
舞天さんの勇気が沖縄の元気につながったように、
この自粛モードを打破する勇気を持つ人々が、
今の日本を元気付けてくれることを願ってやみません。
どれだけ多くの人の心を救い、
復興へのパワーと成り得るのか・・・
こんな時だから自粛でなく、
今こそ必要なものだと思います。
舞天さんの勇気が沖縄の元気につながったように、
この自粛モードを打破する勇気を持つ人々が、
今の日本を元気付けてくれることを願ってやみません。
Posted by mami at 2011年03月16日 06:20
元気になーれ、日本!
頑張ろう、日本!!
頑張ろう、日本!!
Posted by shoichi at 2011年03月16日 06:58
東京近郊はそれほど被害が出ていませんが、
ネガティブな話題が多く気が滅入ってきます。
そんなときPodcastで沖縄のラジオを聴いて、
ひーぷーやベンビーから笑いと元気をもらいました。
「あ、オレ久し振りに笑ってる」って気付きました。
笑いや感動は人に元気をくれます。
無事だった人たちが元気にかんばらないでどうする?!
頑張ろう、日本!
ネガティブな話題が多く気が滅入ってきます。
そんなときPodcastで沖縄のラジオを聴いて、
ひーぷーやベンビーから笑いと元気をもらいました。
「あ、オレ久し振りに笑ってる」って気付きました。
笑いや感動は人に元気をくれます。
無事だった人たちが元気にかんばらないでどうする?!
頑張ろう、日本!
Posted by よしたか at 2011年03月17日 13:38
よしたか兄
私たちにできること、エールを送る。
募金をする、正しい情報を入手する。
笑うということは、大切なことですよね、免疫力も上がるし、元気が出てきます。
口角を挙げただけで、脳は笑っていると判断しポジティブな気持ちになるそうです。
長期戦に備え、平常心を保ち、いざという時に行動を起こせるようにしておきます。
私たちにできること、エールを送る。
募金をする、正しい情報を入手する。
笑うということは、大切なことですよね、免疫力も上がるし、元気が出てきます。
口角を挙げただけで、脳は笑っていると判断しポジティブな気持ちになるそうです。
長期戦に備え、平常心を保ち、いざという時に行動を起こせるようにしておきます。
Posted by shoichi at 2011年03月17日 18:27
こんばんは。舞天さんの話を数年前テレビで知り、とても感動しました。
私は一昨年の暮れに10歳上の姉を癌で亡くしました。15年間の闘病…。とても泣きました。しかし遺品を整理していると姉の古い手帳が出てきて、それには現在10歳になる甥の名前候補が書かれていました。その候補の中にとってもセンスのない名前が。残った姉と兄の3人で大爆笑しました(通夜の日に;)。それから生きている事、家族で普通に暮らせる事、全てに日々感謝しています。苦難を乗り越え続けてきた沖縄から何か発信していけたらいいですね。傷付いた多くの人の救いになれば…と思っています。長文で失礼いたしましたm(__)m
私は一昨年の暮れに10歳上の姉を癌で亡くしました。15年間の闘病…。とても泣きました。しかし遺品を整理していると姉の古い手帳が出てきて、それには現在10歳になる甥の名前候補が書かれていました。その候補の中にとってもセンスのない名前が。残った姉と兄の3人で大爆笑しました(通夜の日に;)。それから生きている事、家族で普通に暮らせる事、全てに日々感謝しています。苦難を乗り越え続けてきた沖縄から何か発信していけたらいいですね。傷付いた多くの人の救いになれば…と思っています。長文で失礼いたしましたm(__)m
Posted by あーりぃ at 2011年03月17日 23:39
あーりぃさん
書き込みありがとうございます。
辛い思いをされたのですね、しかし、生き残った私たちは、旅立たれた方の分も元気に生活していかなければいけませんよね。私も4年前に、突然妻を亡くしました。本当に突然…
今回の被災地の方々に、沖縄からたくさんのエールを送りましょう、時間がかかりますが、復興する日まで続けて援助とエールを送り続けましょう。
がんばろう、日本!
書き込みありがとうございます。
辛い思いをされたのですね、しかし、生き残った私たちは、旅立たれた方の分も元気に生活していかなければいけませんよね。私も4年前に、突然妻を亡くしました。本当に突然…
今回の被災地の方々に、沖縄からたくさんのエールを送りましょう、時間がかかりますが、復興する日まで続けて援助とエールを送り続けましょう。
がんばろう、日本!
Posted by shoichi
at 2011年03月19日 18:03
